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東京地方裁判所 平成10年(合わ)355号 判決

主文

被告人を懲役一二年及び罰金四〇〇万円に処する。

未決勾留日数中四五〇日を右懲役刑に算入する。

右罰金を完納することができないときは、金二万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

警視庁本部で保管中の覚せい剤六八袋(平成一一年東地庁外領第四三一号の一から七まで、九から一三まで、五四から六一まで、六三から一〇四まで)及び石川島播磨重工業株式会社船舶海洋事業本部東京第一工場構内で保管委託中の漁船「○○」一隻(平成一〇年東地庁外領第六五〇五号の一)を没収する。

被告人から金一四億六四七万五五四七円を追徴する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、丁野三郎、戊山四郎、甲山一郎、乙川太郎及び丙谷二郎らと共謀の上、

第一  営利の目的で、みだりに、外国船籍の船舶と洋上取引をして入手した覚せい剤を本邦に輸入しようと企て、被告人、甲山、乙川及び丙谷が、平成一〇年八月一二日午後四時三〇分ころ、漁船「○○」(平成一〇年東地庁外領第六五〇五号の一)に乗船して北緯三〇度、東経一二五度三〇分の東シナ海公海上に至り、同所において、外国船籍の船舶△△の乗組員から覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン塩酸塩の結晶290.48453キログラム(平成一一年東地庁外領第四三一号の一から七まで、九から一三まで、五四から六一まで、六三から一〇四まではその一部の鑑定残量)を受領して右○○に積載した上、同船を本邦に向けて航行させ、同月一三日午後一一時ころ、北緯三一度、東経一二九度一二分の鹿児島県宇治群島南西方約一四海里にあたる本邦領海内に搬入し、もって、覚せい剤を本邦に輸入する目的でその予備をした

第二  前記第一の犯行により入手した関税定率法上の輸入禁制品である覚せい剤290.48453キログラムを保税地域を経由しないで本邦に引き取ろうと企て、平成一〇年八月一四日、これを積載した前記第一の○○を鹿児島県佐多岬沖及び宮崎県沖を経由して航行させながら、甲山が、陸上輸送担当者と携帯電話で連絡を取り合い、輸送用自動車の手配を依頼するなどして、右覚せい剤の陸揚げ場所を不開港である高知県土佐清水市所在の土佐清水港に決定した上、同日午後九時三〇分ころ、右○○を高知県土佐清水市市場町〈番地略〉所在の同港内清水漁業協同組合購買センター東側岸壁に接岸させ、被告人、甲山及び丙谷が上陸するなどして、右覚せい剤を陸揚げしようとしたが、同岸壁付近で私服の警察官らが警戒に当たっていたため、その目的を遂げなかった

第三  営利の目的で、みだりに、平成一〇年八月一五日ころ、高知県高岡郡窪川町興津崎沖付近海上を航行中の前記第一の○○において、前記第一の覚せい剤290.48453キログラムを同船に積載してこれを所持した

ものである。

(証拠の標目)省略

(争点に対する判断)

第一  本件覚せい剤の分量を290.48453キログラムと認定した理由

一  検察官は、漁船「○○」に積載されていた本件覚せい剤の分量は約三〇〇キログラムであった旨主張するが、当裁判所は、その分量が少なくとも290.48453キログラムであったという限度で認定したので、その理由を説明する。

二  漁船「○○」に乗り込んでいた被告人及び共犯者らは、いずれも、約二〇キログラムの覚せい剤一五袋を積載した旨一致して供述しているものの、一袋の分量が厳密に二〇キログラムであったという証拠はない。また、関係証拠によれば、本件で押収された覚せい剤の袋は、いずれもいったん海中に投棄された後に回収されたものであり、その分量も、一九キログラム台のものが三袋、一八キログラム台のものが二袋、一六キログラム台のものが一袋など区々となっており、特に一八キログラム台以下のものについては、海水が袋の中に流入し、それに伴って覚せい剤が海水に溶解したり、袋の外に流出したりしていることが認められる。そうすると、本件覚せい剤の分量については、押収された覚せい剤のうち、保存状態が比較的良く、梱包時の状態をほぼ保っていると認められる一九キログラム台の覚せい剤三袋(平成一一年東地庁外領第四三一号の三、五九、六〇)を基準として認定するのが相当であり、他の一二袋については、少なくとも、右三袋のうち最も分量が少ない19.334キログラムの袋(同号の五九)と同量の覚せい剤が存在していたものと推認するのが合理的というべきである。そこで、本件覚せい剤の分量は、少なくとも、前記三袋の覚せい剤の合計58.47653キログラムと、残りの一二袋分の覚せい剤として一九、三三四キログラムに一二を乗じて算出した232.008キログラムを加算した290.48453キログラムであったと認定した。

第二  判示第一の事実について、覚せい剤の営利目的輸入予備罪を認定した理由

検察官は、本件のような事案については、犯人が公海上で覚せい剤を受け取った後、これを本邦領海内に持ち込んだ時点で覚せい剤輸入罪は既遂に達するという見解に立ち、覚せい剤の営利目的輸入既遂罪による処罰を求めている。他方、弁護人は、覚せい剤を受け取って本邦領海内に持ち込んだだけでは覚せい剤輸入罪は既遂とはならず、本件訴因の下では、被告人は無罪である旨主張する。

一 覚せい剤輸入罪の既遂時期について

1  覚せい剤取締法は、覚せい剤の濫用による保健衛生上の危害を防止するために必要な取締りを行うことを目的とする(同法一条)ものであるから、覚せい剤輸入罪の既遂時期を決するにあたっては、覚せい剤を本邦の領域外から本邦に搬入する過程のどの時点で、右危害発生の危険性が顕在化、明確化し、輸入既遂罪としての処罰に値するものとなるかという観点から判断するべきである。そして、覚せい剤を船舶により本邦の領海内あるいは航空機により本邦の領空内に搬入しただけでは、覚せい剤の船舶内あるいは航空機内に留まっており、右危害発生の危険性は潜在的、限定的なものにすぎないというべきであって、覚せい剤が船舶から本邦領土内に陸揚げされ、あるいは、航空機から本邦領土内に取りおろされた時点において初めて、右危害発生の危険性が顕在化、明確化し、輸入既遂罪としての処罰に値するものになると考えられる。そうすると、覚せい剤輸入罪は、船舶による場合には陸揚げした時点で、航空機による場合には取りおろした時点で初めて既遂に達すると解する(いわゆる陸揚げ説)のが相当である。

2  このような解釈は、従来からの実務上の運用でもある上、最高裁判所昭和五八年九月二九日第一小法廷判決(刑集三七巻七号一一一〇頁。以下「最高裁五八年判決」という。)においても採用されているところである。すなわち、最高裁五八年判決は、被告人が覚せい剤を自ら隠匿携帯して外国から旅客機に搭乗し、本邦内の税関空港に到着した後、覚せい剤を隠匿携帯したまま通関線を突破しようとした事案において、「無許可輸入罪の既遂時期は、覚せい剤を携帯して通関線を突破した時であると解されるが、覚せい剤輸入罪は、これと異なり、覚せい剤を船舶から保税地域に陸揚げし、あるいは税関空港に着陸した航空機から覚せい剤を取りおろすことによって既遂に達するものと解するのが相当である。」と判示しており、覚せい剤輸入罪の既遂時期を、陸揚げあるいは取りおろし時と捉えているのである。そして、右解釈は、(1)覚せい剤取締法は、輸入未遂罪を処罰するとしながら、平成三年の法改正までは未遂罪の国外犯処罰規定がなく、未遂罪は国内犯として成立することを前提としていたこと、(2)合法的に覚せい剤原料を輸入するときの輸入の許可は、港に到着して陸揚げする前にこれを受ければ足りるとされていること、(3)覚せい剤輸出罪においては、外国に仕向けられた船舶等に貨物を搬入した時点で既遂に達すると解されていること、などとも整合している。

二 検察官の主張について

1  検察官は、基本的には最高裁五八年判決を正当としつつも、日本人である犯人が、公海上で相手船から覚せい剤を受け取り、運行支配を有している日本船籍の船舶にこれを積載して本邦に向けて航行し、本邦領海内にこれを持ち込んだといういわゆる瀬取り方式の事案の場合は、最高裁五八年判決と事案を異にするとした上、本件においては、船舶が本邦領海内に到達した時点で覚せい剤輸入罪は既遂になる旨主張し、その論拠として、いくつかの点を指摘する。そこで、以下、検察官の指摘する論拠等について検討することとする。

2  検察官は、近時のGPS等の航行装置や携帯電話等の通信手段の高度化によって、取締機関の警戒網をかいくぐることが容易になっているという現状にかんがみると、瀬取り方式の事案の場合には、本邦領海内に到達した時点で、既に覚せい剤濫用による保健衛生上の危害発生の危険が顕在化、具体化していると主張する。

しかし、覚せい剤を船舶により本邦の領海内に搬入しただけでは、覚せい剤濫用による保健衛生上の危害発生の危険性は潜在的、限定的なものにすぎず、右危害発生の危険性がいまだ顕在化、明確化していないことは、前記一1で説示したとおりである。また、確かに、航行装置や通信手段の高度化により取締機関の警戒網をかいくぐることが容易になっているという検察官の指摘には、正当な面のあることを否定し難いものの、領海線は一般的に本邦領土から一二海里と離れており、陸揚げまでにはなお時間の経過や場所の移動を要するから、途中で、陸揚げの客観的な障碍となる事態が発生し得るばかりか、殊に犯人が船舶に対する運行支配を有している瀬取り方式の場合には、犯人が陸揚げの意思を放棄することもあり得るのであり、本件はまさにそのような場合である。そうすると、航行装置や通信手段の高度化という検察官の指摘する点を考慮してみても、瀬取り船が領海線を突破したことから直ちに陸揚げの蓋然性が飛躍的に高まり、陸揚げの現実的危険性が生じるとまでは認められないのであって、瀬取り船が本邦の領海内に到達しただけでは、覚せい剤濫用による危害発生の危険はいまだに顕在化、明確化していないというべきである。

3  検察官は、平成八年に「領海法」が「領海及び接続水域に関する法律」に改正され、領海外の接続水域内でも、薬物等の密輸入取締りのために公権力の行使が可能となったことを取り引げ、同法は、覚せい剤が本邦の領海内に搬入された時点で、覚せい剤濫用による保健衛生上の危害発生の危険が生じることを当然の前提としていると主張する。

しかし、取締りが可能であることと、保健衛生上の危害発生の危険が生じることは、本来別問題であり、これを直ちに結びつけることはできないのであって、右法改正が覚せい剤輸入罪の既遂時期の解釈に直接影響を与えるものではないというべきである。

4  検察官は、最高裁判所昭和四一年七月一三日大法廷判決(刑集二〇巻六号六五六頁)が、麻薬取締法にいう「輸入」の意義について、「麻薬が、同法による行政的取締りをすることができない地域から、その取締りをすることができる地域へ搬入されることを輸入として規整する必要がある」と判示しており、検察官の解釈は右判決の趣旨に沿うものであると主張する。

しかし、右判決は、沖縄に我が国の施政権が及ばなかった当時、被告人が麻薬を隠匿所持して沖縄から鹿児島港に入り、上陸した事案について、施政権の及ばなかった沖縄から施政権の及ぶ鹿児島県に麻薬を搬入した行為が麻薬取締法にいう「輸入」に該当するという解釈を採ったものとして理解されており、麻薬輸入罪の既遂時期について判示したものではないばかりか、麻薬を実際に陸揚げしている点で本件とは事案を異にしているのであって、検察官の主張の根拠となり得るものではないというべきである。

5  検察官は、本邦領海内ぎりぎりの海上で覚せい剤を製造した場合と、公海上で受け取った覚せい剤を本邦領海内に搬入した場合とでは、本邦にそれまで存在しなかった覚せい剤が新たに生じたという面で何ら異なるところはないから、前者の場合に覚せい剤の製造既遂罪が成立する以上、後者の場合にも覚せい剤の輸入既遂罪の成立が認められるのは当然であると主張する。

しかし、そもそも、製造既遂罪は、検察官の主張によっても、輸入既遂罪の成立の余地のない公海上においても成立するのであり、製造既遂罪が成立することと輸入既遂罪が成立することとの間に、当然の対応関係があるわけではない。また、本邦の領海内の船舶上で覚せい剤の製造が行われるという極めて例外的と思われる事柄に対する処罰との権衡から、覚せい剤輸入罪の既遂時期を決するという解釈自体が、合理的とはいい難い。

6  検察官は、覚せい剤輸入罪の既遂時期を、最高裁五八年判決の事案では航空機から取りおろした時点、本件では領海内に到達した時点と捉えており、既遂時期を輸送手段等の形態ごとに類型化して別々に論じている。

しかし、検察官の主張によると、覚せい剤輸入罪がどの時点で既遂に達するかは、事案によって異なることとなるのに、その主張からは、輸入の形態をいかなる基準によって類型化すべきかが判然とせず、この見解に立つと、既遂時期についての予測可能性を害し、法的安定性を損なうことになるというべきである。

7  検察官が、瀬取り方式の事案の場合、領海内に到達した時点をもって既遂時期とすべきであると主張する実質的理由は、結局のところ、密輸方法の巧妙化によって取締りが困難となる反面、そのような密輸を企てた者を処罰すべき要請が強いというところにあると思われる。

しかし、既遂時期を陸揚げ時と考えても、輸入罪よりも軽い所持罪や譲渡罪は陸揚げに至らずとも成立するのであるから、その時点を捉えて犯人を検挙し、処罰することも可能であり、覚せい剤事犯の取締りや処罰の要請に反するわけではない。また、覚せい剤所持罪等では事案の悪質性に応じた十分な処罰ができないというのであれば、新たな構成要件の創設や法定刑の引上げ等の立法的な解決を図ることも可能であり、そのような方策が筋と思われる。

8  これまでの検討によれば、本件において、覚せい剤輸入罪の既遂時期を、船舶が本邦領海内に到達した時点と捉える検察官の主張は、その根拠が乏しいばかりか、かえって、検察官の主張する解釈を採った場合には、覚せい剤輸入罪の既遂時期が不明確となり、予測可能性や法的安定性が害されるという不合理な結果を招くことになるというべきである。また、最高裁五八年判決は、確かに検察官の指摘するように本件と重要な事実を異にしているけれども、航空機から取りおろした事案であるにもかかわらず、船舶から陸揚げした場合にも言及していることなどからすると、瀬取り方式による事案を排除して既遂時期を論じているとは認め難いのであって、本件において陸揚げ説を採ることは最高裁五八年判決の趣旨に沿うものと考えられる。検察官の主張は、採用できない。

三  覚せい剤の営利目的輸入未遂罪の成否について

覚せい剤輸入罪の既遂時期について、前記二のとおり解すると、覚せい剤輸入罪の実行行為は、陸揚げ行為あるいは取りおろし行為そのものと解するのが相当である。そして、右解釈を前提とすると、その実行の着手時期は、陸揚げあるいは取りおろしに密着した行為が開始され、陸揚げあるいは取りおろしの現実的危険性のある状態が生じた時点ということになる。

判示第一の事実に係る公訴事実の要旨は、公海上で本件覚せい剤を受け取り、これを漁船に積載して本邦領海内に搬入したというものであるが、右訴因として構成された事実が覚せい剤輸入罪の実行行為である陸揚げ行為の一部といえないことは明らかである。また、領海線を突破したことから直ちに陸揚げの蓋然性が飛躍的に高まり、陸揚げの現実的危険性が生じるとまではいえないことは、既に前記二2で説示したとおりであり、現に、本件においては、被告人らは、領海線を突破した時点では、いまだ陸揚げ場所が確定していない状況にあり、陸上輸送担当者らと頻繁に連絡を取り合って、陸揚げ場所を次々と変更し、最終的には陸揚げを断念して覚せい剤を海中に投棄したという経緯が認められる。これらによれば、本件覚せい剤を領海内に搬入しただけの行為は、陸揚げに密着した行為にはあたらないというべきである。そうすると、右訴因として構成された事実については、覚せい剤輸入罪の着手は認められないこととなる。

ところで、本件では、後記第三のような土佐清水港における事実を訴因として構成すれば、覚せい剤の営利目的輸入未遂罪の成立が認められる事案であり、裁判所は、検察官に対して、右の点を予備的訴因として追加するよう再三にわたって勧告した。それにもかかわらず、検察官は、裁判所の勧告を拒絶し、現訴因の維持に固執したのであり、そうである以上、検察官の設定する訴因の範囲内で審判する裁判所としては、覚せい剤の営利目的輸入未遂罪を認定することはできないというべきである。

なお、弁護人は、本件訴因の下では、被告人は無罪である旨主張するが、前記の訴因として構成された事実は、覚せい剤の営利目的輸入予備罪に該当するので、被告人は、その限度で罪責を負うというべきである。

第三  判示第二の事実について、輸入禁制品輸入未遂罪を認定した理由

弁護人は、関税法上の輸入禁制品輸入罪については、陸揚げした時点をもって実行の着手と考えるべきであり、本件では陸揚げには至っていないので、被告人は無罪である旨主張する。

輸入禁制品輸入罪の実行の着手時期は、本件のように保税地域を経由しない引取りの場合、陸揚げあるいは取りおろしに密着した行為が開始され、陸揚げあるいは取りおろしの現実的危険性のある状態が生じた時点と解するのが相当である。

そこで、検討するに、関係証拠によれば、(1)被告人らは、平成一〇年八月一四日、本件覚せい剤を積載した漁船「○○」を鹿児島県佐多岬沖及び宮崎県沖を経由して航行させながら、共犯者甲山一郎が、陸上輸送担当者と携帯電話で頻繁に連絡を取り合い、最終的には陸揚げ場所を高知県土佐清水港と決定し、陸上輸送担当者も、搬送用自動車を準備して同港に向かったこと、(2)被告人らは、同日午後九時三〇分ころ、右○○を土佐清水港の岸壁に接岸させたこと、(3)被告人らは、当初、土佐清水港に入港したと明確に認識していたわけではないが、接岸後、そこが土佐清水港であることを確認したこと、(4)右○○が接岸したころ、陸上輸送担当者は、土佐清水市付近まで来ていたこと、(5)被告人は、接岸後、以後は下船して陸上輸送担当者に同行するつもりで着替えをしたこと、(6)被告人らは、接岸後に上陸したが、警察官らしき人物が付近で警戒していることに気付いたため、陸揚げを断念したこと、(7)甲山は、土佐清水港を出港する間際、陸上輸送担当者等に陸揚げを断念する旨電話をしていることなどが認められる。右のような事実関係の下においては、被告人らは、輸入禁制品である覚せい剤の現実の陸揚げ行為そのものには着手していないものの、陸揚げに密接に関連する行為を行って陸揚げの現実的危険性を発生させたというべきである。したがって、本件においては、輸入禁制品輸入罪の実行の着手が認められ、同罪の未遂罪が成立する。弁護人の主張は理由がない。

(法令の適用)省略

(追徴金の認定について)

判示第二の輸入禁制品輸入未遂罪に係る貨物である覚せい剤290.48453キログラムのうち123.375048キログラムは、関税法一一八条一項本文により没収すべき犯罪貨物等であるが、未発見であり没収することができないので、同条二項によりその犯罪が行われた時の価格に相当する金額を追徴すべきものである。そして、関係証拠(甲三六三・三六七から三六九まで等)によれば、右未発見の覚せい剤は日本薬局方所定の基準(98.5パーセント)に達していると認められるから、覚せい剤の分量に、関係証拠(甲三四〇)により認められる大日本製薬株式会社が覚せい剤施用機関等に覚せい剤を直接販売する価格(一グラム当たり金一万一四〇〇円)を乗じて算出した金額である金一四億六四七万五五四七円(一円未満切り捨て)をもって、同項に規定する「犯罪が行われたときの価格に相当する金額」と認めるのが相当である。

(量刑の理由)

本件は、被告人が、その所属する暴力団の組長らと共謀の上、営利の目的で外国船から覚せい剤約二九〇キログラムを本邦に輸入することを企て、公海上で外国船から覚せい剤を受け取って漁船に積載し、本邦領海内に搬入したという覚せい剤の営利目的輸入予備の事案(判示第一)、高知県土佐清水港に入港し、右覚せい剤を陸揚げしようとしたが、その目的を遂げなかったという関税法上の輸入禁制品輸入未遂の事案(判示第二)及び営利の目的で高知県沖において右覚せい剤を漁船に積載して所持したという覚せい剤の営利目的所持(判示第三)の事案である。

被告人らが輸入しようとし、また所持していた覚せい剤は約二九〇キログラムにも及ぶ極めて多量のものである。これほど膨大な覚せい剤が社会に広く拡散されていたならば、そのもたらす害悪が量り知れないほど甚大なものになっていたことはもちろん、本件が暴力団組長を中心として計画、敢行されたものであることからすると、多額の不法な資金が暴力団組織へ流入していたであろうことも明らかである。犯行の経緯、態様等は、(1)犯行の半年以上前から、犯行に使用する漁船や船長等の確保、GPS等の航行性能を高める装備の漁船への取付け等を進める一方、海外の薬物仕入先関係者と受渡し等について打合せをし、共犯者の一人が海外に赴いて覚せい剤の梱包作業に立ち会うなど準備を整え、(2)公海上において、打合せどおり、携帯無線機を用いて符丁を交信したり、目印の旗を立てるなどして、日本船を装うために船名を偽装するなどした相手方の外国船と落ち合い、本件覚せい剤の受取りに成功し、これを右漁船に積載して本邦領海内に搬入し、(3)陸上輸送担当者らと携帯電話で頻繁に連絡を取り合い、刻々と変化する情勢に対応して陸揚げ場所を模索した後、高知県土佐清水港を陸揚げ場所と決定して同港に入港、接岸するなどしたものの、取締機関の監視が厳しいため陸揚げを断念して出港し、(4)高知県沖の領海内で右漁船に本件覚せい剤を積載して所持していた際、巡視船に追跡されていたことなどから検挙を恐れ、後日の回収を見込んで本件覚せい剤をフロートに結びつけて海上に投げ入れ、実際にも、後日、回収するため右海上付近に赴くなどしたというものである。このように、本件は、周到かつ綿密な準備の下、海外の者も含めた関係者相互間で緊密に連絡を取り合い、国境を越えて巧妙に敢行された極めて計画的かつ組織的な犯行である。近年、我が国のみならず国際的にも覚せい剤等の規制薬物の害悪が強く認識され、国際条約等によりその取締りの強化が図られている状況にかんがみると、本件に対しては、一般予防の観点からも厳しい対処が必要である。

被告人は、長年にわたり暴力団組織に所属し、本件犯行当時は**会**一家**五代目**組内丁野組代行補佐という立場にあったのであり、組長である共犯者丁野三郎の指示により本件取引の現場責任者として漁船に乗り込み、公海上での本件覚せい剤の受渡しに立ち会うなどし、とりわけ本件覚せい剤を海上に投げ入れるという緊迫した局面では、丁野の意を受けた他の共犯者から携帯電話により覚せい剤に重しを付けて海に沈めろとの指示を受けるなど本件の遂行において重要な役割を果たしている。被告人は、覚せい剤事犯の前科を有しているにもかかわらず、あえて本件に加担しているのであって、覚せい剤の害悪やその違法性に対する認識がまことに希薄というほかはない。また、被告人は、犯罪事実を一応認めるものの、丁野との共謀や自らの役割等についてあいまいな供述に終始しており、このような供述態度からは、真摯な反省悔悟の情は認め難い。

これらの諸点に照らすと、被告人の犯情は悪質極まりなく、その刑事責任は重大といわなければならない。

他方、取締機関の監視が効を奏し、本件覚せい剤が陸揚げされることなく海上に投げ入れられ、それが現実に社会に拡散するという最悪の事態は避けられたこと、被告人は、本件の遂行において重要な役割を果たしてはいるものの、首謀者である丁野の意を受けて行動していたのであって、主導的な役割を果たしたとまではいえないこと、被告人の内妻が社会復帰後の更生に協力する旨述べていること、被告人の健康状態が芳しくないことなど被告人のために酌むべき事情も認められる。

そこで、以上の諸事情を総合して考慮すると、被告人に対しては主文の刑を量定するのが相当である。

(求刑 懲役一五年及び罰金五〇〇万円・覚せい剤及び漁船「○○」を没収・一五億一四九五万一九〇五円を追徴)

(裁判長裁判官・田村眞、裁判官・髙木順子、裁判官・伊藤多嘉彦)

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